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徳島地方裁判所 平成9年(人)1号 判決 1998年7月21日

主文

一  本件請求をいずれも棄却する。

二  被拘束者を拘束者に引き渡す。

三  手続費用は請求者らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  主位的請求

1 被拘束者を胸(腰)椎の黄色靭帯骨化症の手術並びに治療のため、徳島刑務所から左記(一)、(二)の病院のいずれかへ移送する。

(一) 岡山市鹿田町二丁目五番一号

岡山大学医学部附属病院

(二) 香川県木田郡三木町大字池戸一七五〇番地の一

香川医科大学附属病院

2 右病院において治療後、医療刑務所へ移送する。

3 手続費用は拘束者の負担とする。

二  予備的請求

1 被拘束者を左の医療刑務所のいずれかに移送し、胸(腰)椎黄色靭帯骨化症の手術並びに治療をする。

大阪医療刑務支所

城野医療刑務所

岡崎医療刑務所

八王子医療刑務所

2 同医療刑務所で被拘束者の胸(腰)椎黄色靭帯骨化症の手術並びに治療ができない場合に、第1項の医療刑務所の近くの大学病院へ移送し、右病院において治療後、同医療刑務所へ移送する。

3 手続費用は拘束者の負担とする。

三  拘束者の答弁

1 本案前の答弁

本件請求をいずれも却下する。

2 本案の答弁

主文同旨

第二  事実の概要

本件は、殺人被告事件において有罪判決が確定し、徳島刑務所で受刑中の被拘束者について、その再審請求の弁護人らが、現在被拘束者は胸(腰)椎黄色靭帯骨化症に罹患しており、直ちに手術並びに治療を行う必要があるとして、人身保護法に基づいて、大学病院もしくは医療刑務所への移送等を求めた事案である。

一  争いのない事実等(末尾に証拠の記載がないものは当事者間に争いがない)

1 被拘束者は、昭和六二年二月、和歌山地方裁判所において、殺人罪により懲役一五年の判決を受け、平成二年四月六日、右判決が確定した者であるが、これに伴い、同月二六日、大阪拘置所から徳島刑務所に移送され、同所において受刑中である。

被拘束者は、和歌山地方裁判所に対して再審請求の申立てをなし、現在、審理中であるが、請求者らはその弁護人である。

拘束者は、被拘束者が拘置されている徳島刑務所の管理者である。

2 被拘束者は、大阪地方裁判所に対して、大阪拘置所内での処遇を原因とする損害賠償を求める訴えを提起しているが(同裁判所平成二年(ワ)第三〇五四号損害賠償請求事件)、同事件において、平成五年八月、香川医科大学整形外科教授乗松尋道に対して、大阪拘置所在監中の被拘束者の病状等を鑑定事項とする鑑定の嘱託がなされた(《証拠略》)。

3 被拘束者は、平成二年七月、徳島地方裁判所に対して、証拠保全の申立てとして鑑定申請をなし、同年八月、徳島大学医学部整形外科医師岩瀬六郎及び同医師高井宏明に対して、被拘束者の機能障害の有無等を鑑定事項とする鑑定の嘱託がなされた(《証拠略》)。

また、徳島刑務所内での処遇を原因とする損害賠償請求事件(徳島地方裁判所平成二年(ワ)第三三二号損害賠償請求事件)において、平成八年九月、岡山大学医学部附属病院整形外科医師原田良昭及び同病院神経内科医師城洋志彦に対して、被拘束者における胸椎下部の黄色靭帯骨化による神経障害の有無等を鑑定事項とする鑑定の嘱託がなされた(《証拠略》)。

二  争点

1 本件各請求は人身保護法に基づく請求として適法か。

2 本件拘束が著しく違法で、かつ、このことが顕著であるといえるか。

三  争点1に関する当事者の主張

1 拘束者の主張

(主位的請求及び予備的請求について)

(一) 人身保護法は、人身の自由を奪われて拘束されている者に対し、その自由を回復し、拘束から釈放することを目的とするものであるから、同法により求めることができるのは、身体の自由に対する拘束からの回復である。人身保護規則三七条は「裁判所は、被拘束者が幼児若しくは精神病者であるときその他被拘束者につき特別の事情があると認めるときは、被拘束者の利益のために適当であると認める処分をすることができる。」と規定しているが、これは同法一六条三項の請求に理由があるときの判決内容を明白にしたものであり、その文言からも明らかなように、本来は判決で被拘束者を直ちに釈放するのが原則であるが、特別の事情がある例外的場合に限って、被拘束者の利益のために釈放に代えて適当と認める処分をすることを認めた規定であり、あくまでも被拘束者の身体の自由を回復すべき場合であることを前提として、更に、被拘束者の利益のための拘束状態を継続しつつ、拘束状態の改善をする等の適当と認める処分をすることを是認した規定であり、被拘束者の身体の自由の回復とは無関係に、「適当であると認める処分」をすることができることを規定したものではない。

(二) これを本件についてみるに、請求者らが求めるように、被拘束者を岡山大学医学部附属病院又は香川医科大学附属病院に移送したとしても、被拘束者が在監者であることに変わりなく(監獄法四三条二項)、移送前と同様、拘束者である徳島刑務所長がその身柄等の管理を行うことになるから、被拘束者の身体の自由を部分的にも回復するものではなく、まして、医療刑務所に移送したとしても、被拘束者に対する拘束状態が継続することに何ら変化はないのであるから、被拘束者の身体の自由の回復を求めるものではないことは明らかである。したがって、本件各請求は、被拘束者の身体の自由の回復を求めるものとはいえず、単に被拘束者に医療行為を受けさせることを求めるものにすぎないから、人身保護法が対象とするところを逸脱した不適法な請求である。

(予備的請求について)

予備的請求第1項は「医療刑務所に移送し、胸(腰)椎黄色靭帯骨化症の手術並びに治療をする。」として、移送後の医療刑務所における手術等を求めるものであるが、移送後の医療刑務所において手術等を行う者は、拘束者ではなく、医療刑務所の長であることからすると、本件予備的請求は、拘束者以外の第三者に対する命令を求めるものと解されるから、このような請求は不適法である。なぜなら、人身保護規則三七条による「適当であると認める処分」に関する認容判決は、これを拘束者に実行させる命令としての効力を有するにとどまり、第三者に対しては、救済を妨げる行為(人身保護法二六条)を禁止する以上の効力を有するものではないのであって、さもなくば、かかる第三者は、何ら義務を負担すべき事由がないにもかかわらず、他人間の裁判によって負担を強いられることになり、また、右負担を強いる裁判に参加する機会すら与えられていないからである。

2 請求者らの主張

(主位的請求及び予備的請求について)

人身保護規則二条及び同規則三七条の規定からすると、人身保護請求の対象として、<1>拘束からの解放、即ち釈放と、<2>拘束を前提として被拘束者の利益のために適当であると認める処分の二つを予定していることが明らかであるし、また、このように解することが英米法の沿革を受けた我が国の立法者意思にも沿うものである。

(予備的請求について)

移送されるべき医療刑務所と徳島刑務所とは別個の法人格ではなく、いずれも法人格は国である。それ故、移送されるべき医療刑務所は第三者とはいえず、裁判に関与する機会も与えられている。このことは、拘束者指定代理人の所属部署が法務省訟務局行政訟務第二課、法務省矯正局保安課などとなっていることからしても明白である。

四  争点2に関する当事者の主張

1 請求者らの主張

(一) 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、「B規約」という。)は国内法としての直接的効力を有するところ、B規約は、条約法に関するウィーン条約(以下、「ウィーン条約」という。)に基いて解釈されねばならず、国際人権規約委員会(以下、「規約人権委員会」という。)の一般的意見(ゼネラルコメント)は、同条約三一条三項bの「条約の適用につき後に生じた慣行であって条約の解釈について当事国間の合意を確立するもの」に該当する。そして、B規約七条、一〇条一項に関する一般的意見(ゼネラルコメント)によれば、締結国は、一九五五年採択の被拘禁者取扱い最低規則及び一九八八年採択の被拘禁者保護原則を遵守、適用すべき立場にあると解される。そこで、被拘禁者取扱い最低規則二二(2)及び被拘禁者保護原則二四にかんがみ、B規約七条、一〇条一項を解釈するに、同条項等は、受刑者を収容する刑務所は受刑者の健康状態に十分に注意し受刑者の生命身体の安全を守るべき義務があり、それ故、受刑者が病状を訴えるときは十分調査し、刑務所内での診察、治療で対応できない場合には外部の医療機関で診察を受けさせ、検査結果如何によっては手術を受けさせたり、医療刑務所へ移送する等適切な処遇をとらねばならないことを定めていると解される。

また、同様の義務は、監獄法四〇条、四二条、四三条、同施行規則一一七条一項によっても導かれるところである。

(二) 拘束者は、平成二年四月に徳島刑務所に移送されてきたが、それ以前から、一貫して、腰、背骨、首骨に痛みがあり、ロストランド杖を使って歩行しようとすると時々腰から後頭部に痛み「電気」が走るといった体全体のしびれ、歩行障害や、回盲部、S状結腸の辺りに時々鈍痛が起こり、その間食事ができないといった腹部障害等を訴えており、平成三年五月に行われた田岡病院での検査や、前述の乗松教授を鑑定人とする鑑定(以下、「乗松鑑定」という。)、原田医師、城医師を鑑定人とする鑑定(それぞれ、「原田鑑定」、「城鑑定」という。)等により、被拘束者が胸(腰)椎の黄色靭帯骨化症の病状を有しており、その治療が必要であることが明らかになった。

(三) ところが、徳島刑務所には、検査を外部の田岡病院などに依頼しているように、胸(腰)椎の黄色靭帯骨化症についての十分な検査や手術の設備がないことに加え、同刑務所医務課長の杉本薫医師は、被拘束者に対してその愁訴、症状は詐病であるとの予断と偏見をもって接している。このような状況からして、同刑務所は被拘束者に対して胸(腰)椎黄色靭帯骨化症の治療を施せる体制には、物的にも人的にもなっておらず、その適正な治療を施していないばかりか、今後も期待できる状況にはない。

(四) とすると、被拘束者を同刑務所に引き続き拘束しておくことには著しい違法があり、このことは顕著である。

2 拘束者の主張

(一) 請求者らは、B規約七条、一〇条一項、規約人権委員会の意見等を根拠に、刑務所に課せられた健康保持義務違反の場合には、人身保護規則四条本文の要件である「法令に定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である」として違法とされなければならないと主張する。

しかしながら、ウィーン条約は、その発効前に発効したB規約には適用されないから、B規約の第一義的な解釈権は各締結国にあるというべきであり、また、規約人権委員会の一般的意見(ゼネラルコメント)は、各国にB規約の解釈及び実施に当たって参考とされることが期待されているにすぎず、法的拘束力はないから、我が国の裁判所がB規約の解釈につき規約人権委員会の意見に拘束されるべきものではない。さらに、被拘禁者取扱い最低規則及び被拘禁者保護原則についても、国連加盟国に対して何ら法的拘束力を有するものではないし、B規約の解釈基準を定めたものでもなく、各国の司法制度が異なることを前提として、各国がそれぞれの社会、文化、伝統に照らして、最も適当と認める制度を確立運営していくに際してのガイドラインを示したにすぎないものである。それ故、請求者らのB規約に基づく主張は失当というべきである。

(二) 在監者が疾病に罹ったときの処置につき、監獄法四〇条、四三条一項は、監獄の長に一定の裁量権を認めているが、この裁量権については、例えば、一般の処分取消訴訟や国家賠償訴訟の場面においても、「裁判所はその判断の基礎とされた重要な事実に誤認があることなどによって右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法であるとすることができる。」(最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁)として、広範な裁量が認められている。

(三) ところで、人身保護法により救済することができるのは、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者について(同法二条)、その拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分が権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限られる(同規則四条本文)のであるから、同法による救済を受けられるのは、拘束の手続に関し、法律違反の特に著しい場合に限られ、拘束の実質的な当否を問題とする余地はないなど、要件は厳格に定められている。

(四) このように、監獄の長に広範な裁量が認められていることに加え、人身保護法による審査の対象が限定され、しかも、本件拘束は確定した有罪判決の執行によるものであり、適法なものと推定される(人身保護規則二九条四項)ことからすると、適法に監獄に拘禁されている在監者を病院等へ移送することなく拘束を続けることが違法であることを理由とする人身保護請求が、仮に認められるとしても、それは限定的に解さざるを得ない。それ故、本件において拘束が違法かつ顕著であるというためには、在監者が治療を要する疾患を有し、当該在監者を当該監獄にそのまま拘禁しておいては、当該疾患に対応した効果的な治療が明らかに期待できないため、当該疾患が改善せず又は悪化するおそれが顕著であることが要件になるというべきである。右にいう効果的な治療を期待できないことが明らかな場合とは、担当職員(医師)がその資格を有しないとか、右の医療が医学的常識を逸脱した目的又は方法によってされ又はなされている可能性が著しく高い等の人的な理由の他、治療施設が貧弱である等の物的な理由により、当該在監者の疾患に対応した治療を施せる体制になっていない場合や、治療が可能な体制であっても当該在監者の疾患に対応した適切な治療を施しておらず、かつ、今後も適切な治療が期待できないことが明らかなとき等である。

(五) そこで、右の点に照らして、本件拘束が違法でかつそのことが顕著であるかを検討する。

(1) まず、杉本医師の医療行為が医学的常識を逸脱した目的又は方法によってなされたといえるのかどうか検討するに、本件では、被拘束者の病状に対して、複数の医師の異なった評価があり、乗松、原田鑑定では、被拘束者に胸(腰)椎黄色靭帯骨化症の存在及び手術適応を認めているが、このことから直ちに治療の必要性があるということはできず、被拘束者の主訴をいかに評価するかは、矯正医療の現場における重要かつ困難な問題であることからすると、その判断に当たっては、矯正医療に通暁し、いわゆる疾病逃避に関しても、多くの経験と知識を有する矯正医の判断が尊重されるべきである。そして、杉本医師は、昭和五六年四月に徳島大学医学部を卒業して、同年五月に医師資格を取得し、平成二年四月より徳島刑務所に勤務し始め現在に至っているのであるから、矯正医療についての経験と知識を有し、受刑者の診断に通暁した専門家である。そして、同医師は、被拘束者に対し、その身体状況に応じて適切な検査、診察等を行い、その結果をふまえて、被拘束者に休養を必要とする歩行障害はなく、また、黄色靭帯の骨化は急激に進行しているとは考えられないとの判断を下しているのであって、同医師の医療行為が医学的常識を逸脱した目的又は方法によってなされたものとは認められない。

(2) 次に、徳島刑務所の医療設備についてみるに、同刑務所医療部門は、医師二名及び准看護士四名を配置し、一九の病床、手術室、薬局、各種検査室、診察室等の物的設備を備え、産科及び小児科を除く科目を診察することのできる医療法上の診療所である。また、必要に応じて、徳島市内及び近隣の専門医に受診させ、その治療方針を得て所内で治療を実施するほか、予後の処置等、経過観察ができない患者については外部の病院に入院させるなどして、被収容者の健康管理に万全を期している。

(3) なお、拘束者も、被拘束者についての医療上の処遇方針を決定するについては、現在得られている資料だけでは不十分であり、被拘束者の黄色靭帯骨化の程度等を把握するために検査を行う必要性があることを認識しており、CTスキャン投影検査、MRIによる投影検査、睡眠時の脳波検査等の検査を行い、その検査結果に基づいて手術を含む適切な医療上の処遇方針を決定する予定である。しかしながら、拘束者が、徳島刑務所に最も近く、かつ臨機的な対応をとることができる徳島大学医学部附属病院において検査を実施しようとしたところ、被拘束者が自己の指定した医師もしくは請求者らの立会いなくして同所での検査を受けることを拒絶しているために検査の実施が不可能となり、その結果、拘束者は被拘束者について医療上の処遇方針を決められずに、現在まで至っているのである。被拘束者は一般市民ではなく、確定した判決により懲役刑に処せられた受刑者であるから、自らの希望する医療機関で診察を受ける自由はなく、行刑上の当然あるべき制約の中で必要な治療を受けるべき立場にある。それ故、右のような被拘束者自身に起因する事態をもって拘束に顕著な違法性があるとすることはできない。

(六) よって、本件が、「法令の定める方式又は手続に著しく違反していることが顕著である場合」に該当するとはいえず、本件各請求は理由がない。

3 請求人らの再反論

杉本医師は徳島大学医学部から徳島刑務所に派遣されてきた人物である。杉本医師は被拘束者の愁訴、症状を詐病との認識を有していたところ、平成二年八月に行われた証拠保全において、国(徳島刑務所)の推薦で鑑定人となった同学部の高井医師は、被拘束者の機能障害は心因的要素が強く支配している可能性が強い旨意見を述べ、杉本医師の右認識を裏付けるものとなっている。また、平成三年五月、田岡病院におけるMRI検査において、黄色靭帯骨化があって、脊髄を圧迫している所見が認められたにもかかわらず、同年七月に行われた同学部での検査においては、同学部整形外科医師村瀬正昭も高井医師と同様の見解を述べるに至っている。さらに、同学部は、大阪地方裁判所平成二年(ワ)第三〇五四号損害賠償請求事件における鑑定依頼について、消極的な態度を約二年にわたってとり続け、結局、右鑑定は前述の乗松鑑定人に委ねられるところとなった。平成六年、徳島大学医学部附属病院での検査を拒否していた被拘束者が、請求者らの立会いのもとで右検査を受けることを了承し、拘束者も一旦はこれを了解したにもかかわらず、すぐさま、前例がない、立会いを認める必要性がないといった理由により、これを撤回し拒否したのであるが、請求人らが立会ったとしても検査の内容とデータを確認するだけであり、検査の実施に影響を与えるものとは思われないことからすると、拘束者の対応は不自然である。このような事情に照らすと、同学部と徳島刑務所との関係は、一体であると言わざるを得ず、同学部で検査を実施したとしても、杉本医師の誤った判断を庇おうとすることに終始することが予想され、公正適正な検査・判断が行われる保障はない。それ故、被拘束者が徳島大学医学部において検査を受けることに対して不信を抱き、これを拒否するのは当然であって、検査は、徳島大学医学部と関係を有しない医療施設で行われるべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 主位的請求及び予備的請求の適法性について

人身保護法は、基本的人権を保障する日本国憲法の精神に従い、国民をして、現に、不当に奪われている人身の自由を、司法裁判により、迅速、且つ、容易に回復せしめることを目的とし(同法一条)、その救済の請求は、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者ができるとし(同法二条一項)、ここでいう拘束とは、逮捕、抑留、拘束等身体の自由を奪い、又は制限する行為をいうとされている(人身保護規則三条)。このような条文の文言に照らすと、人身保護法及び同規則が、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者を、その拘束から解放すること、すなわち、身体の自由を完全に回復するような場合を想定していることは明らかである。

しかしながら、人身保護法による救済は、右のような場合に限定されるものとは解されない。なぜなら、基本的人権を保障する日本国憲法の精神に従い、身体の自由を実質的かつ実効的に救済しようとする同法の目的、趣旨に照らせば、身体の自由を完全に回復する場合でないかぎり、同法による救済を一切付与しないとすることが同法の趣旨とは到底解しえないからである。このことは、同規則二条が「法一六条第三項の規定により、判決で、釈放その他適当であると認める処分をすることによってこれを実現する。」と規定し、また、同規則三七条が「被拘束者が幼児若しくは精神病者であるときその他特別の事情があると認められるときは、被拘束者の利益のために適当であると認める処分をすることができる。」と規定するなど、条文上、釈放以外の救済処分が予定されていることからも明らかである。それ故、人身保護法による救済は、身体の自由の完全な回復を求める場合であることを前提としなくとも、今後も拘束状態にあることを前提として、現在の拘束状態からより改善された状態に移す場合をも対象にしていると考えるべきである。

とすると、被拘束者は徳島刑務所に拘置されている者であり、本件各請求が、被拘束者の身体の自由の拘束からの解放を目的とするものではなく、単に治療を目的として、外部の医療施設又は医療刑務所への移送を求めるものであるとしても、これをもって、直ちに本件各請求が不適法ということはできない。

2 予備的請求の適法性について

人身保護規則三七条による「適当であると認める処分」に関する判決は、これを拘束者に実行させる命令としての努力を有するにとどまり、第三者に対して同様の効力を有するものではないことはいうまでもなく、それ故、本件判決により、移送先である医療刑務所の長の裁量権がなんら拘束されるものではない。予備的請求第1項は、拘束者に対し、医療刑務所に移送することを求めるものであり、移送後の医療刑務所において胸(腰)椎黄色靭帯骨化症の手術並びに治療をするかどうかは医療刑務所長の判断に委ねられるところであるから、その限度において、本件予備的請求を、第三者に対する命令を求めるものであるとして直ちに不適法とすることはできない。

二  争点2について

1(一) 人身保護法に基づく救済請求は、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者について、その拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分が権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限られる(人身保護規則四条本文。なお、同条但書は、他に救済の目的を達するのに適当な方法があるときは、その方法によって相当の期間内に救済の目的を達せられないことが明白でなければならないとしている。)。

また、我が国が批准した条約が自力執行性を有する場合、拘束等がこれに著しく違反していることが顕著であるときには、人身保護法による救済を請求することができると解するのが相当である。

ところで、B規約は一九六六年(昭和四一年)国連総会において採択され、一九七六年(昭和五一年)三月二三日発効し、我が国も、一九七九年(昭和五四年)六月二一日批准して、同年九月二一日より、国内においても発効するに至り、また、B規約七条、一〇条一項の文言及び内容にかんがみると、同条項には自力執行性が認められると解される。

それ故、拘束等が同条項に著しく違反していることが顕著である場合には、人身保護法による救済の対象となるというべきである。

(二) もっとも、同条項により、いかなる具体的な処遇を義務づけられるのかは、その解釈に委ねなければならないところ、ウィーン条約は、我が国においては昭和五六年八月一日に発効しているから、同条約が遡及効を有しない以上、これがB規約に適用されるものではないし、また、条約の第一次的な解釈権が各締結国にあるとしても、憲法九八条二項が定める国際協調の精神にかんがみれば、ウィーン条約三一条の趣旨を尊重し、B規約の解釈は、国際連合の各機関が定めた一般的意見(ゼネラルコメント)や、被拘禁者処遇最低基準規則、被拘禁者保護原則の趣旨に、できるかぎり適合するようになされることが望ましい。

そして、被拘禁者処遇最低基準規則22(2)及び被拘禁者保護原則二四の内容を参照してB規約七条、一〇条一項の解釈をすれば、受刑者を収容する監獄の長は、受刑者の健康状態に十分に注意し、診察、検査の結果如何によって、適切な治療などの措置を取らなければならない責務を負っていると解することができる。

したがって、次にみる受刑者の処遇に関する我が国の監獄法規や具体的な監獄の長の処分が、右監獄の長の責務に違反するものであれば、その限度で効力を有していないことになるが、その前に、これに関する国内法規の検討が必要となる。

(三) そこで、我が国の法制度をみるに、懲役刑は、受刑者を監獄に拘置して所定の作業を行わせることを内容とする刑罰(刑法一二条一項)であって、受刑者を一定の場所に拘禁して社会から隔離し、その自由を剥奪するとともに、その改善、更生を図ることを目的とするものであるから、監獄の長は、受刑者の行動の自由等を制限できるのであり、このことは監獄法の前提とするところと解される。

他方、監獄法が、「在監者疾病に罹りたるときは医師をして治療せしめる必要あるときは之を病監に収容す」とし(同法四〇条)、また、「精神病、伝染病其他の疾病に罹り監獄に在て適当の治療を施すこと能わずと認むる病者は情状に因り仮に之を病院に移送することを得」(同法四三条一項)と規定していることからして、現行法上、その病状に応じた適切な処置を講ずることが監獄の長に課せられており、このことは、B規約七条、一〇条一項等から導かれる前記監獄の長の責務と基本的に異ならないが、監獄の長がその病状に応じた適切な処置を講ずることについては、右文言や刑務所の設置目的、そして、被拘束者が刑事訴訟法に基づき適法に拘束されていることからして、監獄の長に一定の裁量が認められていると解される。

(四) 以上のような条約や我が国の法制度を総合考慮すると、請求者が適法に拘禁されている受刑者について、監獄の長がなす受刑者の病状に対する処置、対応が違法でかつそれが顕著であることを理由として、人身保護法に基いて当該受刑者を外部の医療施設等へ移送することが認められるためには、当該受刑者が早急に治療を受ける必要があることが明らかで、同人を当該監獄にそのまま拘禁しておいては、当該監獄の物的設備、人的体制からして、その症状に適応した効果的な治療を期待できないことが明らかであるにもかかわらず、監獄の長が適切な措置をとらない場合であることを要すると考えるべきである。

2 そこで、以上のような見地から、本件拘束について検討するに、《証拠略》によれば、次のような事実を認めることができる。

(一) 被拘束者に対する診察、鑑定の結果等について

(1) 被拘束者は、昭和六二年一〇月、それまで拘置されていた丸の内拘置所から大阪拘置所に移送されたが、移送時の健康診断において、変形性腰椎症等と診断された。もっとも、被拘束者が歩行障害(機能障害)、体、手のしびれ痛みを訴え、同所内をロストランド杖を使って移動していたことから、昭和六三年一月、神経の遮断、脊髄の神経根の症状を正確に把握できるミエログラフィー検査を実施したところ、著しい異常は認められなかった。そして、被拘束者は、居室内においては、ロストランド杖を用いることなく歩行し、居室のベッド上において、腹筋、背筋、屈伸運動を繰り返すなどし、また、着替えも特段の支障なく行うことができた。

(2) 被拘束者が徳島刑務所に移送された平成二年四月二六日、杉本医師は被拘束者の健康診断を行ったが、その際、被拘束者は、歩行障害、腰痛等を訴えた。しかしながら、歩行障害等の機能障害の有無を判断する資料となる腱反射(二頭筋反射、アキレス反射、膝蓋腱反射)、神経(病的)反射(ホフマン反射、ワルテンベルグ反射、バビンスキー反射)等の検査においては、いずれも異常は見られず、また、筋萎縮も認めることはできなかった。

(3) 同年八月の証拠保全決定に基き、徳島大学医学部整形外科医師岩瀬六郎、同高井宏明による鑑定が行われたが、岩瀬医師は、同年一一月二〇日、「被拘束者の第五頚椎と第六頚椎間の椎間板の狭小化及び骨棘が認められ、頚椎症変化が見られる。上肢の運動制限は主に肩関節に認められ、更衣、入浴動作が不自由であろう。上肢への放散痛やしびれがあっても不思議ではないが、上肢全体がしびれるというのは範囲が広すぎて説明がつきにくい。下肢の運動制限は主に股関節に認められ、あぐら、正座が不自由であろうが、下肢の症状との結びつけには、頚椎症性脊髄症(麻痺による症状)の所見はなく、不十分である。CT、MRI等の検査が必要と思われる。」との鑑定結果を提出した。他方、高井医師は、「脊髄障害、脳障害、末梢神経障害による麻痺のため歩行ができないということは、四肢の筋萎縮のないこと、腱反射が正常であることなどから考えにくい。頚部、胸部、腰部の麻痺による運動障害等を来すと考えられる器質的な障害を示す所見はなく、病歴などから心因的要素が強く支配している可能性があるものと考えられる。」との鑑定結果を提出した。

(4) 平成三年五月、田岡病院において、MRI検査等を行ったところ、同検査において、黄色靭帯の骨化による脊髄の圧迫が認められた。

(5) 同年七月、被拘束者は、徳島大学医学部附属病院において、村瀬医師の診察、検査を受けた。同医師は、検査結果や田岡病院でのMRI検査の結果を参考にして、「四肢の表面筋電図を検査したが、各筋とも随意収縮は十分に見られ、また、神経障害を示唆する所見は検出できなかった。頚椎、胸椎、腰椎において加齢現象に伴う脊髄症性変化(軽度の椎間板の狭小化、骨棘形成など)や、下位胸椎部において軽度の黄色靭帯骨化が認められた。これがMRI検査での下位胸椎部における後方からの軽度の突出として描出されたものと思われる。しかしながら、これらの変化は、現在の被拘束者の症状をすべて説明するとはいえず、総合的判断から、被拘束者の心因的反応が強く関与していることがうかがわれる。」との回答書を、同月三〇日、拘束者に提出した。

(6) 乗松鑑定は、平成五年九月に行われたが、乗松鑑定人は、「CT検査やMRI検査の結果、胸椎11、12において脊柱管腔の後方より骨化した黄色靭帯が著しく占拠しており、脊髄は結果的に後方より強く圧迫されている。被拘束者の診察時における姿勢は仰臥位で頚部を常に前屈し、後屈は取りづらいように見えた。しかしこの姿勢は、頚部の根症状を増強させるものであり不自然であった。車椅子に乗っている時の姿勢は全く身体全体を棒のようにしていたが、これは除脳硬直でもないかぎり認められない姿勢で、被拘束者のようにズボン、靴下着脱衣などの日常生活動作が可能な場合にはとても考えられないものである。しかし被拘束者にバビンスキー反射ははっきり出現しないものの下肢腱反射は膝蓋腱で亢進し、腰髄症が存在することは明らかである。起立をとらせると下肢を支持脚として荷重しようとしないのは不自然であるとしても、少なくても起立時に痙性が亢進し、歩行時に痙性歩行を示すであろうから、杖に頼った移動にならざるを得ない。」との鑑定結果を、平成六年四月四日、大阪地方裁判所に提出した。そして、同年一〇月に同裁判所で行われた証人尋問において、同鑑定人は、「黄色靭帯骨化症は手術を行って圧迫を除去することによって治癒するが、右手術は大学病院では可能であるが、通常の病院では不可能である。また、このような患者が外来で来れば、手術を勧めるのが常識と思う。」などと供述した。

(7) 原田鑑定は、平成九年二月に行われたが、原田鑑定人は、「胸腰椎移行部に黄色靭帯骨化が認められる。骨化が進行しているのか評価できない。両下肢はほぼ完全な運動麻痺の状態にあり、手術による回復が極めて困難と推定される。被拘束者は上肢についても両前腕の知覚脱失等を訴えるが、これに合致する画像所見はみられない。」とする鑑定結果を提出した。

また、城鑑定も同時期ころ行われたが、城鑑定人は、「被拘束者の黄色靭帯の骨化による神経障害は、第十胸椎椎体骨レベルの脊髄付近に認められる。骨化は進行し、むしろ進行しすぎて手術効果が見込めないのではないかと懸念される。現症状を評価するためには、新たにCTやMRIなどを施行する必要がある。治療のためにも新たに画像検査を受け、治療方針を決定すべきである。」との鑑定結果を提出し、さらに、平成一〇年一月、「被拘束者は、下肢について感覚は全くないと訴えてはいるが、診察の場面やビデオテープの様子を参考にすると、下肢は感覚がないのではなく、非常に低下していると言う方が妥当ではないか。」などとこれを補充した。

(8) 平成九年七月ころ、被拘束者は、徳島刑務所内において、両下肢を引きずって、両上肢の力で移動する状態にあり、着替えのみならず、洗面等を行うに際しても、著しい困難を伴う状況にあった。また、被拘束者は、徳島刑務所内の病舎に収容されており、生産工場等に作業指定されることなく、房内における造花の組み立て等の軽作業に従事しているが、作業製品出来高は同病舎収容中の他の受刑者と比べ、著しく低い数字となっている。

(二) 徳島刑務所の医療設備、人的体制等について

(1) 徳島刑務所医療部門には、杉本医師のほか一名の医師、及び、准看護士の資格を有する職員四名が配属されている。杉本医師は、昭和五六年に医師資格を取得し、平成二年四月より同刑務所に勤務しており、平成三年四月より医務課長の職にあるが、毎日午後一時から五時まで診察を行っている。このほか、歯科医及び精神科医が定期的に往診に訪れており、また、必要に応じて専門医の往診を外部医療機関に対して要請している。

(2) そして、同部門は、手術室、薬局、一九の病床等の医療設備のほか、レントゲン撮影設備、超音波診断装置(エコー検査装置)、内視鏡(ファイバースコープ)、心電図測定装置等の検査装置を備えており、産婦人科及び小児科を除く科目を診察することができる医療法上の診療所であり、さらには、徳島大学医学部附属病院その他徳島市内及びその近郊の病院と緊密な連携を保ち、専門的な診断及びCTスキャン検査、MRI検査等大がかりな設備を必要とする検査の実施や大がかりな手術の実施等を依頼できる体制となっており、また、専門家の所見に基いて治療方針などを立てている。

(3) 他方、同刑務所処遇部門に配属された職員は、平成一〇年三月当時、一二三名であり、このうち七〇名は施設内の工場などで戒護及び処遇勤務に当たっている。また、同刑務所からは、裁判所への出廷などのために、配備された二台のマイクロバスを使って、被収容者一名につき、運転手を除く最低二名の職員が帯同して護送している。

(三) 拘束者の医療的措置、指導及びこれに対する被拘束者の対応等について

(1) 被拘束者が徳島刑務所に移送されてきた平成二年四月二六日、杉本医師は被拘束者の診察等を行い、前記2(一)(2)のような結果が得られた上、大阪拘置所から送られてきた、同所内での被拘束者の日常生活を記録したビデオテープや同所医務部長作成の病状報告書等も参考にして、被拘束者が歩行障害等の機能障害を有するとまでは認められないと判断し、ロストランド杖の使用を不許可とした。もっとも、同医師は、被拘束者が訴えていた便秘、腹痛については投薬処方等の治療を行った。

(2) 被拘束者は、入所以来、歩行障害や腹痛等を訴え続けていたことから、当時の医務課長が、平成二年八月、被拘束者の腰痛、歩行障害、頚部痛、腹痛その他消化器症状の精査目的で徳島大学医学部整形外科及び放射線科での受診を予約したところ、後日、被拘束者が、「弁護士もしくは家族等の立会いがなければ診察を受けない。」とか、「鑑定の申込みをしているのでそのときに検査を受ける。」などといって、同大学での検査を受けることを拒否した。杉本医師が精査の必要性を説いても、被拘束者は弁護士等の立会いがないと診察は受けないなどと主張して、これを拒んだ。

(3) 平成三年二月、拘束者は、被拘束者が入所以来肢体の不自由を訴え続け、正規の起居動作を全く行おうとしないことから、特に下肢の健康管理に配慮する必要があるとして、運動実施場所を病舎運動場から病舎東側付近に移動して、同所に高さ一メートル程度の鉄棒を設置するなどして、被拘束者に身体を動かすリハビリテーションを指導してきた。しかし、被拘束者は、処遇を変更してくれないかぎり拒食を続けると述べるなどして、指導に従わなかった。

(4) 杉本医師らは、被拘束者の歩行障害や腹痛等の訴えは、被拘束者の日常の動作からして信用できないと考えながらも、機会あるごとに、外医診察(検査)を受けるよう指示したが、被拘束者は拒否し続けた。平成三年五月、被拘束者が外医診察を承諾したことから、田岡病院において、頭部CT検査と、脊椎及び脊髄のMRI検査を実施した。なお、右検査により、前説2(一)(4)のような結果が得られたが、同病院は書面にて検査結果を徳島刑務所に提出することはなかった。

(5) 平成三年六月、被拘束者が外医診察を承諾したので、同年七月四日、徳島大学医学部整形外科において、村瀬医師のもと、四肢の筋電図検査、胸椎、腰椎のレントゲン検査等を行った。

(6) 平成六年一一月一六日、被拘束者に対し、経過観察の必要上、胸椎の圧迫部分について外部の専門医の検査を受けてはどうかと指導したところ、被拘束者は、大阪の裁判が大事な局面に達しているので、それが決着するまで外医診察は一切受けないなどと言って、指導を受け入れず、また、同年一二月二八日、舎房監督矯正処遇官が、被拘束者に対して、「診察を受けろ。その結果、本当に具合の悪いところがあれば、それなりの処遇が行われる。」などと言ってみても、被拘束者は弁護士の立会いがなければ検査を受けるつもりはないなどと言って、検査を拒否した。また、平成七年四月六日、手束病院において外部専門医による診察を受けさせるため、被拘束者を同病院まで連行したが、被拘束者は同病院において、診察を拒否した。

(7) 乗松鑑定を受けて、請求者らは、平成六年一二月、徳島刑務所において、同所処遇部長らと協議し、一旦は、請求者らの立会いのもと徳島大学医学部附属病院において検査を受ける旨合意したが、翌日になって、右処遇部長から請求者らの立会いは具合が悪いので撤回させてほしい旨の申入れがあり、結局、検査は実施されなかった。

平成八年一二月、請求者らは、内容証明郵便をもって、拘束者に対して、被拘束者の車椅子使用の許可を求め、平成九年四月、被拘束者の症状に対して適切な診察を施すことができる人的・物的な設備をととのえた外部の医療機関での診察ないし医療刑務所への移監を求めた。

(8) 杉本医師は、被拘束者が入所以来、少なくとも一週間に一度は診察を行い、機会あるごとに外医診察を勧めてきた。そして、過喚気症候群等被拘束者の訴えるところに応じて必要な治療や投薬などを行い、被拘束者は入所以来職員に対する暴行事犯など四〇回をこえる懲罰を受けてきたが、各懲罰の執行前後にも、健康診断を実施してきた。このように約七年間にわたり被拘束者の診察を続けてきた同医師は、被拘束者に黄色靭帯骨化が存在していることは認めているが、被拘束者の日常生活における動静、特に、踵と背中を支点にして腰を浮かし座布団を敷いたり、足を伸ばしたまま体を九〇度位起こしたりしていることからして、上肢及び下肢の運動機能麻痺の程度については被拘束者が訴えるほどではないと考え、各鑑定結果に疑問を呈している。

3 以上の認定事実に基き、本件拘束が著しく違法で、かつ、このことが顕著であるかどうかについて検討する。

(一) 被拘束者に対してなされた平成三年五月の田岡病院でのMRI検査において、黄色靭帯骨化による脊髄の圧迫が指摘され、その後の乗松鑑定、原田鑑定、城鑑定においても、胸椎に黄色靭帯骨化症が認められていることからすると、被拘束者が胸椎黄色靭帯骨化症に罹患していることは明らかである。しかしながら、その具体的な進行状況、程度については、各鑑定とも被拘束者の下肢に骨化による神経障害が発現していることについてはほぼ一致しているが(もっとも、神経障害により、下肢が完全な運動麻痺の状態にまで至っているかどうかの点について一致しているかは定かでない。)、上肢の神経障害などについては診察時における被拘束者の訴え等に疑問を呈している箇所もあり、骨化の進行については、原告鑑定が評価できないとするのに対し、城鑑定は進行しすぎている(すでに手術効果が認められない可能性まで示唆している。)としており、これに杉本医師の前記所見をも加味すると、被拘束者の骨化の進行状況、程度については必ずしも見解が一致しているとはいえない状況にある(なお、城鑑定も、被拘束者の現症状を評価するためには、新たにCTやMRIなどを実施する必要があると指摘している。)。

そうすると、現状においては、被拘束者の黄色靭帯骨化症の進行程度が具体的に把握しきれておらず、治療の実施方法についても十分に検討しえないのであるから、被拘束者に対し早急に手術等適切な医療措置をとるべき必要性があることが明らかであるかどうかを判断するためには、現時点での専門的な検査が必要であるというべきである。

(二) 徳島刑務所は前記2(二)のとおり、手術室や病床を備え、医師も常勤している医療法上の診療所であり、専門医の診察、治療が必要とあらば、徳島大学医学部附属病院などに援助を求めうる体制が整えられている。それ故、同刑務所も、同附属病院と連携をとるなどして、被拘束者に対し適切な治療を施せる条件は整っているといえるが、請求者らは、杉本医師が被拘束者の症状を詐病と決めつけていることに加え、徳島刑務所が同附属病院と連携治療できるとしても、同医師が同学部の出身であることや、同大学関係の医師のこれまでの診断内容が杉本医師の判断を庇う結果になっているとして、同附属病院では適切、公平な治療が望めないと主張する。しかしながら、杉本医師の経歴や被拘束者へのこれまでの診察内容は、前記2(二)、(三)のとおりであり、他に、請求者らの右主張を裏づける事実の疎明もないことからすると、同附属病院が被拘束者に対し、適切、公平な治療を行うことは望めないという主張は、確たる根拠もないもので、被拘束者の憶測の域を出ないものといわざるをえない。

このように、徳島刑務所の人的・物的設備に照らし、適切な治療を受けうる条件は整っているが、本件では、被拘束者の黄色靭帯骨化症の進行程度が具体的に把握しきれておらず、治療等の実施方法についても十分に検討されているとはいえない現状においては、適切な治療を施しようがないというべきである。

(三) 以上に検討したところによれば、拘束者が被拘束者に適切な治療を受けさせる必要があるかどうか、必要があるとして、具体的にいかなる内容の治療が必要であるかを判断するにあたっては、被拘束者の現時点での症状を把握するための専門検査が不可欠と認められる。

ところで、拘束者は、本件拘束を継続するにあたり、被拘束者に対する治療を拒否しているわけではなく、被拘束者に対し、手術を含む治療行為の必要性や、適切な治療内容、治療を実施すべき施設等を判断するために、まず、被拘束者の現在の症状を具体的に把握する必要があり、この作業を経ることなく、被拘束者の処遇を決めかねるとしているものであり、現に拘束者は、これまで被拘束者に対し外医診察を機会あるごとに勧めてきたにもかかわらず、被拘束者が前述のような理由で検査を拒否し続け現在もこれを拒んでいる(審問の全趣旨)ことから、拘束者は被拘束者の現在の病状を把握しえずにいるのである。

そして、被拘束者は確定判決に基いて受刑中の者である以上、その行動の自由が制限されるのは当然のことであり、受診を求めることについてはともかく、受診機関を選定できる自由が制限されるのはやむを得ないのであって、配置職員の状況や護送車の状況、当該受刑者の行状、逃亡等戒護面の問題などにかんがみ、監獄の長が選定した医療施設で診察、検査を受けることを甘受すべき立場にあるというべきである。この点について、請求者らは、拘束者が選定した徳島大学医学部附属病院においては公平適切な検査は期待できないと主張し、その根拠となる事情を縷々述べているが、これが認められないのは前述のとおりである。

したがって、被拘束者が検査を拒否していることについては合理的な理由があるとはいえず、拘束者が、検査結果如何にかかわらず、被拘束者を詐病と決めつけて何らの措置を施さないのであればともかく、検査結果を踏まえたうえで被拘束者の処遇を図る旨の拘束者の判断には無理からぬ面がある。

(四) 以上のとおりであるから、現時点においては、被拘束者に対する検査を行いその症状を具体的に把握する作業を経るまでもなく、早急に適切な医療措置をとるべき必要性があることが明らかであり、かつ、このまま本件拘束を継続すると適切な治療が期待できないことが明らかであるとまでは認められないのであって、拘束者が、検査結果によっては適当な医療施設への収容、医療刑務所への移送することの可能性を残しつつ、本件拘束を継続することが、著しく違法で、かつ、それが顕著であると認めることはできないというべきである。

第四  結論

右のとおり、請求者らの本件主位的請求及び予備的請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(審問終結日 平成一〇年五月二九日)

(裁判長裁判官 松本 久 裁判官 大西嘉彦 裁判官 齊藤 顕)

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